犬を飼い始めた理由

 そもそも犬を飼い始めた訳は、自分自身の運動不足の解消が理由だった。知人の家で意図せずに子犬が5匹も生まれてしまって弱っていた所を「渡りに船」とばかりに、その中の1匹引き取ったのだ。

 例えば、運動不足の解消のために、家の周りを歩いていたとする。仕事が終わった後の夕方や夜に 40過ぎのおっさんが一人、自分の家の周りだとしても住宅地周辺をウロウロと歩いていたとしたら、近所の人はどう思うか想像に難くない。意に反して警察沙汰に成る事は目に見えている。これが、既にリタイアした 60代や 70代のおっさんであるなら、周りの人も気にも留めないとは思うのだが。

 しかし、同じ場所を犬連れで歩いていたらどうだろう。どんなに夜遅くでも、どんなに朝早くても、犬を連れているだけで、なぜだか人は安心するらしい。「遅くまで散歩は大変ですね。」とか、「朝早くからご苦労様です。」まで言われてしまう。そこには「犬好きに悪い人は居ない」という、不思議な了解があるらしい。

 子犬を見せてくれるといって連れてきてくれる事に成った頃には、2匹は既に引き取り手が決まっていた。それで、まだ決まっていない3匹を連れてきてくれた。生まれて初めて車に乗せられた所為で2匹は乗り物酔いで延びていた。ただ1匹だけが元気に走り回っていたので、その子をもらう事にした。宮崎に住んでいると、実家に帰る際とか、とにかく色々と車に乗る機会がが多くなることを予想したからだ。そして、子犬を頂いたのは、その日。そのまま持って帰れと言われた 2005年の 10月 1日。かれこれ6年も前に成る訳だ。ふ〜ん。早いもんだ。と、しみじみ…

 お陰で、朝も必ず早起きして散歩。夜も寝る前に散歩。これが自分自身の為だけだとしたら、こう毎日は続かなかっただろう。散歩を楽しみにしている犬の為だからこそ、毎朝、毎晩、それがどんなに寒くても、近所の空き地に霜が降り、道路の水たまりに氷が張っていたとしても、こうも続くのは、ひとえに自分の為じゃなく、誰かのため、この場合は犬の為だからと理由を付けながら続けて来れたのだと思う。なるほど、感謝、感謝である。
 例えどんなに短い距離であろうと、毎日の積み重ねは偉大である。当時の体重は 60kgを超えて、メタボ街道をマッシグラだったのが、いつの間にか 50kg台に戻り、もう少し頑張れば 20代の頃の体重に戻る。あともうちょっとなのだが、これが中々。多くなったり少なくなったりする体重計の針に一喜一憂している自分自身が在る。現金な物だ。

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