今夜は「中秋の名月」


 この画像は友達がニコンのデジ一眼 D300sに新調し、一緒に 〜400mm望遠ズームを買った際、ちょっと借りて僕の Nikon D80に取り付けて手持ちで撮った一昨年 10月 3日のもの。
 そういえば、確か昨年は 22日の頃だったし、なんとなく今年は「十五夜さん」が、やたらに早い様な気もするのだが…

 毎年、特別扱いをされる「中秋の名月」しかし、決して「仲秋( 8月)の名月」ではないのが不思議でもあったけれど「秋」、ド真ん「中」の「十五日」目の「夜」の月と言われれば、なんとなく納得。でも、割と満月とは限らない日が多い様な気がするのだけど。しかし、ちょっと調べてみた所、去年から来年までの 3年間に限っては、珍しく「満月」と「十五夜」が一致するんだとか。

 旧暦「八月十五日」が「中秋」と呼ばれる由来は、そもそも一年には「春夏秋冬」の四季があり、旧暦では三ヶ月毎に、きちんと季節が変わり「一・二・三月」は春季、「四・五・六月」は夏季、「七・八・九月」は秋季、「十・十一・十二月」は冬季、とはっきり分けられれていたことに由る。
 それぞれの季節に属する月には「初・中・晩」あるいは「孟・仲・季」の文字をつけて、季節をさらに細分するのに使っていた。暑中見舞いに「初夏」や「孟夏」とか書く所に名残があった(本来「初夏」も「孟夏」も「旧4月」の事なんだけど)もっとも最近じゃ意味が転じて「盛夏」って書いたり「猛暑」って書いたりするんで必ずしもそうとばかりも言えない。

 でもって、それに倣うと「八月」は「仲秋」となる。この「仲秋」の「十五日」とは、さらに「秋」という季節の「真ん中」の日になる。なんで「八月十五日」が「中秋」と呼ばれる日になった訳だ。ちょうど、この時期は秋の収穫、稲の取り入れの直前って頃でもある。実りの秋「豊作への祈り」が込められて「中秋の名月」の「お月見」の習慣が生まれたとのこと。もともと中国の「中秋節」の行事を真似たことで、だいたい平安時代の頃から日本国内で一般的に行われる様になった風習らしいね。
 そういった意味では、特に庶民のお祭りっていうよりも、宮廷や貴族、支配階級や知識階級による「神への祈り」が込められた意味合いの強い行事であったらしい。だから「お供え」する事に意味がある。

 まぁ道理で実家やその周辺では「月見」の習慣が無い筈だわ。庶民の祭りは、どっちかってぇと「秋祭り」としての「収穫祭」の方が大事だよね。秋の取り入れが無事に終わって、どうやら今年も無事に年が超せそうだと安心した後に一段落付いてから「神様」に感謝を込め「神輿」を担いで神様と一緒に焼酎を飲んで騒ぐ方だよな。
 確かに、どっちかてぇと僕の田舎の方では「豊潤を願う」よりも「収穫を祝って」のドンチャン騒ぎの方が似合っているよなぁ。

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