この道の行く先

 犬や猫、馬や牛と暮らした人は知っているだろうけれど、彼らにも「心」はある。自分の「感情」をちゃんと持っていて「好き」や「嫌い」の意思表示もする。我慢強いけれど「暑い」も「寒い」も「痛い」も「冷たい」も、ちゃんと解っている。「悲しい」も「辛い」も「苦しい」も全部、彼らはその躰に持っている。
 彼らなりの方法で、きちんと感情を表現しているのに、大多数の人間は「人間だけが特別な存在」なのだという傲慢な心に陥り、気づいていながら「見ないふり」をしているだけだったりする。

 それらを言葉に表現できる人間だけが「偉い」のではない。実際に観察している範囲において判断してみると、動物達は本能によって「無意識世界」とつながっており、遺伝子の中に組み込まれた「先祖代々の記憶」を共有している。そうでなければ、まだ教えてもいない「おすわり」や「ふせ」が、アリスの仔犬達にいきなりできた理由がみあたらない。そして、これこそが人間が失って久しい能力なのだけど。

 その代わり「言葉」や「文字」によって、遺伝子を共有している範囲以上に、個々の個体に対して情報の伝達と共有が可能になったというのが真実である。

 小さな頭脳で個々が蓄えるのは少なくても、個々の記憶や知識を個別に蓄積する必要はもはや無く、個々の記憶や知識をより広い所に置いて他の個体と共有して、必要になれば自分の記憶も他者の知識も区別無く直ぐにアスセスする。それぞれには「個々という識別」はあるが「パーソナリティ」というにはいささか疑問の余地が生まれるかも知れない。
 この世界観は、実はパソコンの世界と同じだと気づいているだろうか。個々のパソコンの能力を突き詰めて求め、行き着いた先が「クラウド」であった。そこにたどり着いた時に初めて、個々のパソコンの能力はそこまで必要ではなかったと気がつく。

 クラウド上で共有した情報にアクセスするためにはスマートホンやタブレット程度で十分だったと人々が気がついた時、据え置きよりもポータブルの方が大切だと気がついた。大型に特化して進化したパソコンの行く先はいったい何処なのだろう。
 これと同じ事が現代の人間の大脳にいえることなのだと生物学の権威者達は気がついてしまった。実は大容量だが重くて嵩張る記憶装置は、特に必要でもなかったという事実。その結果、人類の行く先は何処にあるのだろうか。人類は、既に進化の袋小路に入り込んで久しいのだ。

 その進化の先駆者達が、実は目の前にいる。想像もできないほどに大型化した恐竜が、逆にこれほど小さな鳥に変化したのは、はたして単なる偶然なのだろうか?
 地球という閉じた生態系の中で一番資源を無駄無く効果的に利用出来る生物とは、実は鳥である事は言うまでもない事実である。しかし、人の進化は「閉じた生態系」から「その外」に飛び出そうとしている。既に、より深みに自ら進んで泳ぎ出している訳だ。

 こうなると見えてくるのは、人々は自らをインテリジェントな周辺装置、共通の目的意識を持ちながら、互いに情報を共有しながらも、中央制御装置からは独立して考え、独自で判断し、個々に選択をする、しかしながらそれが人間という種全体が取るべき道であるという進化の道を選んでいる。
 これは、まさしく人間という種全体が『一は全、全は一』という選択を受け入れている現実の出来事なのだなぁと感じる。

 沢山のヒントは自然界や生物の体の中に満ちている。昆虫の躰や、動物や植物の躰を参考にすれば、色々な形で答えは既に示されている。誰かが気がつくよりもずっと早くから、既にパソコンもそっちの方向に進み始めていた。
 大切な物は全て「ネットワーク」の中にあると、全ての歩みは僕が気がつくとうの昔から始まっていたらしい。

 進化という過程に置いて無駄な物など何一つ無いという事が、本当の意味で解ってくるのは、もう少し先のことかもしれないけれど。

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