母校、琉球大学。


 それにしても 20年ぶりの母校は、すっかり様子が変わっていた。彼の地に立った僕は、完全に「浦島太郎」な状態となってしまっていた。途中の道も、風景も完全に変わってしまっていたから、ちょっびっとばっかり道を間違ったとしても仕方ないよね。ってか「ナビ」の案内が悪いんだい!! …って事にしておこう…

 琉球大学と言えば、つい先日、校内に「爆発物を仕掛けた」等とふざけた内容の手書きのメモが見つかったとかで休講騒ぎになったようだけど、沖縄県内の場合、あちこちに今だに不発弾が埋まっている現実があるため冗談では済まされないんだよね。実際、過去にも何度か不発弾が爆発してしまった事故が有ったからね。いくら大学での勉強が嫌になったからと言っても、学生の悪戯としては悪質だと思うよ。
 別に大学課程は義務養育じゃないんだから、単に勉強が嫌になったのなら自主退学すればいい話だと思うんだけどねぇ。真面目に勉強をしに来ている他の学生に迷惑をかけちゃ駄目じゃん。自ら学ぶ人々が集う場所を奪う権利は、誰にも無い筈だよ。

 ところで話はコロッと変わるけど、僕らの頃に「こんな物」って在ったっけか ?? き、記憶に無いぞ…
って言うか「表玄関口」から工学部の学科棟に入っる事って那覇市内方面からの通学路からは遠回りになる。
 そもそも学生の頃も数えるほどしか表に回る事が無かったから単に気がついていなかっただけかも…
 それに当時からすると建物が増え、棟の名称が変わり、さらに教授陣も世代交代が進み完全に入れ替わっているから「浦島太郎」になってしまっても仕方ないと思う。

 だって、もともと僕らが学んでいた当時だって大学自身が首里から移転したばかりで、それぞれの学部棟からして完成からほど遠い状態だったんだ。
 僕らの卒業するまで男子寮も出来ていなかったし、医学部だって未だ学科名しか無くて建物の存在すら無かったのだから、僕が「浦島太郎」状態になるのも当たり前っちゃ「当たり前」なんだよね。
 それにしても、だ。今回も前もって連絡を取ることのできた谷口先生に 20年ぶりに会いに行った際、開口一番の言葉が「おまえ全然変わってねぇなぁ !?」だったのだが、今年の夏には 51歳になるオッサンに向かって、それは無いでしょ…

 同じ台詞を 30年ぶりに会った友人にも言われた。その友人は途中で学部変更をした関係もあって僕の卒業以来、全く連絡が取れなかった人だ。
 携帯は未だ存在してもいない。学生だった当時、何時でも会えると思っているから住所なんて交換する事も無い。学内で出会わなくなったら最後、以降は全く連絡を取る術も無くなる時代だったのだ。
 今回は偶然、ひょんな事で連絡がついたのだが、彼はこの 30年間、僕の事は思い出しもしなかったとの事。だから実際に会うまで本当は誰だか自信が無かったらしい。

 ところが待ち合わせの店の中で案内されるより先に、席についている僕を見た瞬間に名前と顔が一致したと言う。開口一番の台詞が「久しぶり」では無く「おまえ全然、変わってないなぁ !?」「直ぐに分かった。」だったのだ。
 そして話す事が、僕から連絡をもらった時に久々に名前を思い出したのだけど、どんな奴だったか自信が持てなかったと言う。それが店内で姿を見た瞬間に一発で分かったって言うのは、僕にとって喜ばしい事なのかどうか少々複雑な気分である事は変わりがない。まぁ先日の様に、約 30年前のスーツが着れる体型なんだから、そう言われても無理もないのかもな。

 彼は、僕にとって学生時代に 2番目に知り合った同じ学部学科の友人で、在学中には彼の車に乗せてもらって一緒に色々と遊びに連れて行ってもらったり、彼の家にも泊めてもらった事もある。僕にとっては他の誰よりも世話になり、一番に慣れ親しんでいた友だったのだ。それぞれ簡単に、お互いの卒業後から現在までのプロフィールを紹介し合い、互いの無事を喜んだ。
 彼と連絡が取れなくなった時、学校に来なくなっていると聞いてずっと心配していたのだが、当時の僕にはどうする事の出来なかった。今回、彼が自分で進路を決め直し、改めて進み直していたと初めて聞いた時、僕の中に有った「彼に対する 30年分のよく解らない蟠り」が、すっかり消えて行くのがとても心地よかった。

 彼との再会を果たした約 2時間半、実際 30年という時の経過を感じない、素晴らしく楽しい時間だった。その上、彼は 6日にも時間を割いてくれ、僕の飼い犬の散歩に丁度良い北谷町の海岸線や、残波岬まで案内してくれたりと、丸々 1日を僕に付合ってくれた。
 おまけに彼は、これまで一度も動物を飼った事も無く、ましてや生まれて初めて接するという大型犬にも慣れていないのに、全く 30年前と変わらず同じように付合ってくれたのである。
 最初は同じ車内で、すぐ後ろに居る 2匹の犬にビビっていたのに、しばらくすると「本当に静かな犬だなぁ」としきりに感心し、褒めてくれた。本当に有り難い事である。

 出発前は「例年よりも 11日も早い梅雨入り宣言」が出た沖縄県地方だったのに、連休中のこの快晴は一体なんだろう。まともに雨が降ったのは 2日の午前中だけ。
  3日以降は快晴なのに、日中は蒸しもせず過ごし易い。逆に、夜間は冷え込んで寒いくらい。まるで我々の沖縄訪問を熱烈大歓迎してくれていた様で凄く嬉しい。
 さらに、通りですれ違う全ての人まで優しくて本当に心から楽しく過ごせた 1週間だった。

 我が家の 2匹の犬にとっても、実に快適に過ごす事の出来た沖縄での 1週間だったと思う。もっとも「小町」の方は、飛行機の着陸時だけは、さすがに怖かった様で、宮崎空港に戻って来た時は軽くパニックになっていた。
 それにしても、同じように初めての体験なのに「アリス」の方は全く平気。言ってみれば、へっちゃら過ぎ。

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