X-MEN : Day of Future Past

今月は 1日に行けなかったので 3日の火曜日に「二人の日」って奴で映画館に行って来た。
gallery01 観に行ったのは友人の希望で「X-MEN:フューチャー&パスト」って奴。X-MENのオリジナルキャストとファーストジェネレーションのキャストが同じ映画の中で一同に会する映画だ。ある種「タイムトラベル」モノって感じの作品と言えるのかな。(同じ画面内で、過去と未来の人物が出会って話をするのはプロフェッサーXだけだけど)
 例に因ってお約束の口上。映画は 5月30日に公開されたばっかりなんで、一応ネタバレには注意してるけど以下を読む場合には自己責任って事で… (^-^;)

 そういう意味では 1日の「映画の日」に縛られないから、時には月に何本もの映画を見る事が出来るから良いよね。もっとも必ず一緒に観に行く友人と同じ映画でなければならないという必須条件があるけれど、どうせなら一人で見るよりも二人で見る方が倍も楽しいし、ね。
 幸い僕は、先日に友達の家で「ファーストジェネレーション」を観て復習をしてから行ったんで、映画の中で若い世代と老世代の俳優が出て来ても混乱する事はなかった。友達の忠告通り、事前に観ていなければ訳が分らずに混乱していただろうけれど。

gallery03 ある意味タイムスリップ物のお約束として、過去を自分達の都合の良い様に変える事は可能なんだから、未来でどんなにハラハラドキドキな絶体絶命の場面だったとしても安心して観ていられるってのは好いよね。
 タイムトラベルしても過去に跳べるのは「精神だけ」って所が新しい、かな。もっとも最近の SF小説の中では自明の理だけれども。
 多分、それを先に言い出したのは日本の漫画の方だと思うんだけど、もしかしたら僕の読んでない SF小説の中で先に言っているのかもしれない。

gallery02 過去を変えたら未来は変わり、跳んだ元の未来世界は無くなってしまう。世界が存在しないんだから出来事も無くなる。世界中の全てが無くなってしまうんだから、人物だけ消えるのは納得がいかないんだけど、観客に分り易く説明するには都合は良いんだろうね。
 もっとも最近じゃタイムトラベルもパラレルワールドと同じ意味になっちゃってて、自分達に都合良く一瞬で世の中が一変するって話は無くなっているけれど。

 ここらの話は、僕が初めて目にしたのは平井和正と石森章太郎の二人による未完の共作『新幻魔大戦』で 1999年の世紀末から江戸時代に跳ぶ話だったと思うんで、高校生の頃だよな。ってことは小説の世界では既に 35年以上前から、そういう話が主流になってたのよ、ね。
 そういう視点から観ると、やっぱりハリウッド映画は御都合主義だよね〜って思うんだけど、それが娯楽映画なんだから「それで良いんです」ってハッキリ言い切っちゃう部分でもある。ある意味、開き直りとも取れる部分なんだけど、おかげで観客には分り易いっていうのはある。

 未来での退廃的な末期イメージは何となくクリスチャン・ベイル主演のターミネーター4的でありオブリビオン的でもあったなぁ。まさか映像を使い回ししてるとは言わないけれど、似てるもんは似てる。
 元々の「Day of Future Past(未来の日は過去)」って副題は、未来から過去に戻り、その結果として「書き換えられて存在しなくなった未来とは、既に遠い昔の出来事とも言える過去の話」だって意味で筋が通るんだけど、日本語の副題「フューチャー&パスト」だと、何だかよく分らない事になってしまっている…

 まぁ、そんなこんなで話がリセットされちゃった訳だから、スタートレックと同じで、ここで改めて話をリブートし、これまでとは全く違った X-NENの映画化がされたとしても不思議じゃない。
 あるいは、それが今回の作品に置ける意図だったのかもしれないけれど、ね。

広告

One Response to X-MEN : Day of Future Past

  1. ピンバック: X-MEN: Apocalypse | 僕と犬とMacと

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。