トランセンデンス

 今月 7月 1日の映画の日は、ジョニー・デップ主演「トランセンデンス」を観てきた。
torannsennsdensiao ネット上にある一部のレビュワーによると難解でかなり不評だったみたいだけど全然そんなことは無く、全編を通して壮大な SFラブストーリーになっていたと僕は感じた。それが分んない人は、きっと…
 ってことで此処から先、今回はかなりネタバレを含んでるんで閲覧は自己責任でヨロシク… (^-^;)

transcendence-johnny ラブストーリーの主軸は悲劇「ロミオとジュリエット」と同じだ。いつの時代だって男は愛する女の為に、その身を投げ出し、結果、大きな力を得て愛する女の願いを叶えようと努力する。
 一方、女は自らそそのかした男の努力に怯え、疑い、男の愛よりも親切そうな仮面を被って近づいて来る他人の言葉を信じ始め、最後は自ら「男を滅ぼす毒」を身体に入れて男を道連れに死ぬ。
 女が愛を疑った時から楽園の崩壊は始まり、男の方はただ戸惑うばかり。心変わりをしたのは女の方。なのに「男の愛」が変わったと責める。
 一途に変わらない心で、どんな姿になろうとも一生懸命に女の願いを叶えようと奔走しているのは男。

 身体を持たない意識だけの男の願いは只一つだけ。「自分の愛する女性を自の腕で抱きしめたい。」それだけの、小さいけれど叶わない想い。ディスプレイ上に浮かぶ、いつも寂しげで悲しそうな表情が雄弁に物語っているんだけど、男を疑い始めている女にはそれが判らない。
 実現するためにナノマシンを使って生前の姿にまで再構築して蘇えろうとして一生懸命に男は努力する。それは、ただ自分の姿を見て愛する女が怯えない様にするためだけ、に…

Transcendence 凡人は大きな力を目にした時、自分の持つ狭い了見、小さな「物差し」でしか他人を測れないから、理解出来ない事に逆恨みして破壊しようとする。
 己だったら取るであろう行動で人を推し量り、自分では持て余す大きな愛を理解できず自分勝手に恐怖し、己が力を手に入れることが叶わないなら壊して始めから無かった事にしようとする。
 新約聖書に載っている数々の奇跡を判り易く「死にかけた男を生返らせ」「足の悪い男を歩かせ」「目の見えない人の目を開かせ」て映像で見せる事で丁寧に再現している様に、この映画を平たく言ってしまえば、ゴルゴダの丘で磔になったキリストと同様、主人公の大きく深過ぎる愛を理解する事が出来ず、これを殺してしまった人類。って事になる。

 もうひとつは、旧約聖書からの引用で「失楽園」かな。判り易いのはヒロインの名前が「エヴリン(Evelyn)」ってことで、つまり彼女はイヴ(Eve)ってことだよね。
 蛇(=他人)にそそのかされ、夫であるアダムと一緒に知恵の実を食べた結果、楽園から追放される妻。つまり、結果的には全てを失うだけで何も手にする事ができなかった女ってわけだ。なんて判り易いんだぁ〜

Transcendence-Morgan_Freeman ラストで独善的で器量の狭い人側が、多くを破壊し何人もの人を殺す。一方の神の如く力を手にした主人公側は、人側に「誰一人も殺さなかった」と言わせ、ただ一方的に反対し破壊するだけでは何も生まない事を強烈な皮肉を込めて表現している。
 この映画は「人が神になろうとした」話じゃなく、ただ「神の視点を手に入れた人が得るのは神の如く深い愛」だと言う事なんだろうね。

 人間側の矛盾。知人に銃を向けて脅している時点で「相手の情」に訴えている訳でマシンには愛が解らないのなら元より自分を滅ぼすと判っているのにムザムザアップロードする筈も無し。それでも判っててアップロードすると言う事は人と全く同じでマシンにも愛や情けがあると信じているってこと。
 結局、そういう無自覚な矛盾であることも含め、それら全てが人間の限界ってことなんだろう、ね。

 それにしても、こんなに親切で判り易く説明してくれている映画を「難解で意味が分からん」なんて言う奴の気が知れない、ね〜 (^-^;)

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