地区の敬老祝賀会

 先日の 9月 15日は「敬老の日」だったので、地区の公民館で「敬老祝賀会」が行われた。IMG_3029 僕は地区自治会役員になって 2年目なんで、去年撮っておいた写真のお陰で、大体の準備と進行が分っている分、少しは去年よりは気分が楽だった、かな? (^-^;)

 中 2時間の祝賀会を挟み、準備から撤収まで約 4時間半。かえって前日の午後から行われていた会場周辺の清掃の方が大変だったらしい。(夜に酔っぱらいから携帯に電話があり 1時間程グダグダと絡まれてしまったけど… )
 講堂のエアコンが壊れて使えなかったらしいけれど、幸い霧雨の 1日だったお陰で気温も高くならずに、かえって肌寒いくらいだったので良かったのかも知れないな。

 昨年に比べたら出席者は少なかった様な気がする。ほとんどの方が脚が悪いのを理由に、公民館まで歩いて来るのも床に直に座るのも辛いからと遠慮されるらしい。
 まぁ、今の世の中は高齢化社会。年々 75歳以上の年配者が増えてゆくけれど、(例え、本心だとしても言っちゃいけない言葉なんだけど)ぶっちゃけ参加者が少ない方が用意する側としては楽ではあるんだけど、さ。(^-^;)

 一昔前までは「古稀まれなり」と言って 70歳を超える方は少なかったらしいけれど。だからといって健康な 75歳以上の高齢者が増えているのかって言うと、僕的には少々疑問を感じないでもない。
 不健康な高齢者が単に増えるだけでは、高齢者医療負担が増えていくだけで、社会的にも、税制的にも、財政的にも、何一つも良い事は無いってことになる。やっぱり健康で元気な高齢者が増えてくれなければ…

 古き良き時代を知る世代が少なくなってしまい、現在の日本国内は、はっきり言って戦後を境に日本文化の断絶が発生しているし、さらには海外の悪しき習慣や、間違った経済観念・経営法を真似したが故に、日本人としての誇りまで失いかけている、と僕自身は感じる。
 昨年、流行語にまでなった「もったいない」の心や「おもてなし」の心・等々、いづれも日本人自身から出た言葉ではない。外国人に教えてもらっているのが現状。当然、昔から我々日本人が普通に持っていた大切な「」までも失って久しいと言う事実、それが今の日本が抱えている矛盾点であり現状なんだろう、な。

 まぁ日本国内でのリーダーたるべき政治家が、自分の頭で考える事をしないで他の誰かが考えた言葉を丸写し、どこかの国の猿真似ばかりして誰かの後ろを付いて歩いている、保身しか考えていない「政治屋」に成り下がっているんだから、悪戯に国の借金ばかりを増やすだけで政策は迷走する一方ってのも仕方ないの、かな。
 実際、誰もそんな輩を好き好んで代表に選んだんじゃないけれど、政治に無関心と自ら選挙権を放棄して投票に参加しないと言う事で、結果的には、そんな輩ばかりを選んでしまった我々日本国民にツケが回って来ているんだけど、さ。

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