大切な愛犬だからこそ

 別に自慢する事でも無いが僕と一緒に住んでいるアリスと小町の 2頭は、とても大人しい。IMG_0828 たまに近所に住む低学年の小学生がリードを持って一緒に散歩している様子を見られているのか、買物中に店先で待たせていたりすると、時々見知らぬ方から「どちらに訓練に出されたのですか?」と大真面目な顔をして尋ねられた事が、何度かある。

躾や訓練を人任せにしないで。

愛犬家になろう(その6)

 その都度「躾教室に参加した事も、訓練に出したことも無いです。」と答えるが、その内の何回かは「犬の訓練や躾を専門にされている方なんですか?」と重ねて尋ねられた事がある。「いいえ」と答えると、たいそう驚かれる。
 彼らに言わせると訓練にも出さずに、どうして 2頭ともに大人しいのか不思議らしいのだが…

 まれに飼主の言う事を聞かないから「何処か評判の良い訓練士の所へ預けたい」とかいう話を聞くけど、その考えこそが変だと思わないのだろうか。
 素直に考えれば、飼犬が他の誰よりも安心し信頼しているのは飼主の筈だから飼主の言う事だけは聞く筈だ。もし飼主の言う事を聞かないと言うのであれば、逆説的に言うと「飼主と飼犬の関係が歪である」って事になる。

 第一に「教える」側と「教えられる」側との関係をおなざりにして、効果的な教育は出来ない。何よりも飼犬との関係を正常にすることが先決であり、躾や訓練は、その後の話だと僕自身は思う。
 試しに話を聞いてみたら、実はマトモに教えも訓練もしてないで、ただ仔犬が 4〜5回失敗しただけで諦めているという話だったりする。

 例えば、ため息まじりに買ったばかりの生後 3〜5ヶ月の仔犬が中々トイレの場所を覚えてくれないとか話されるけど、月齢的にオシメを付けている幼児にトイレ・トレニーングをしているのと同じ事と気が付いていない。
 そう指摘したらビックリして「そうなんですか !?」と驚かれた。仔犬は可愛い家族だと言いながらトイレなど教えなくても自らペットシートにするものだと信じて疑っていない。「雑誌に、そうすれば良いと書いてあったから」と真顔で返され、逆に驚いてしまったけれど。

 「子供が欲しいと言ったから盲導犬になる賢いラブを飼ったんですが、引きが強すぎて今では誰も散歩に行きたがらないのです。我が家の犬はバカなんでしょうか?」と、まるで犬に引き倒され無いように顔を真っ赤にさせて散歩していたお母さん。
 また別の男性は、同じ様に 8歳になる中型のオス犬に引きずられながら「女房は転んでから、二度と散歩に行かないのです。もう歳ですし今からでは、とても躾けることは無理でしょう。」と、半ば諦め顔で笑っていた。

盲導犬 僕が「引綱と首輪は一緒に歩く人が犬に、如何して欲しいかを伝える道具だから着けた方が良いですよ。」と言うと、大抵の方は、余りに強い力で引っ張るから首が苦しいだろうと胴輪だけで散歩をしていると答える。
 家族の誰も飼犬に、どうやったら一緒に楽しく散歩できるかを教えたことがないらしい。だから「盲導犬だって、胴輪と一緒に首輪と引綱を着けていますよ。」と教えると大概ビックリされる。
 強く引っ張たら黙って犬の首に「ヤメテ !!という意思を込め、不快に感じる程度に軽いショックを与えるだけで、おそらく 2〜3日、多分 1週間もかからないで、どんな犬でも引っ張らないで歩ける様になります。」と伝える。
 そして「犬は賢いし、飼主や家族の喜ぶ顔が大好きだから、幾つになっても飼主の教える事なら喜んで新しい事でも覚えるから大丈夫です。」って言葉も添える。

 当然、飼犬の事を一緒に暮らしている飼主が誰よりも一番良く知っている筈である。犬の性格も「十人十色」もとい「十犬十色」なのだから、飼犬に一番最適な方法で訓練できるのは飼犬と一番接する時間が多い飼主自身であり、訓練士や他の誰かでは無い。
 そう言う僕の場合、犬を飼うのは中型でビーグル・ミックス犬の「アリス」が初めてで、それ以前は子供の頃も含め実家で犬を飼った事は一度も無い。もちろん「小町」みたいな大型の秋田犬と一緒に暮らすのも初めての経験だったのだから、あまり偉そうなことは言えない。

 当然、犬の事など何も知らないから「アリス」を引取ってから沢山の本を読んだ。本屋・古本屋・図書館で躾や訓練、犬種でビーグルと柴犬の事が書かれた本を手に入れ、およそ 100冊近くもの書籍に目を通したと思う。
 自分でも驚くくらい沢山の本を読んだ。お陰で様々な視点から犬を知れたと思う。もちろん一番大切なのは、自分の飼犬の資質や性格を良く見る事で、その為には 1に観察 2に観察 3, 4がなくて 5にも観察だと思う。
 元々犬の事は全然、知らなかったので、例えばトイレを覚えるのに、どれくらいの時間がかかるなんて知らなかったし、犬に因って性格や性質が違うのも知らなかった。
 飼犬に対し「家族」とは呼ばなかったけれど、同じ屋根の下で共に暮らす「大切な仲間」と認識していた。
 犬だから人社会の事など何も知らないのが当然だと思っていたので、失敗したら烈火のごとく怒ったけれど、繰り返し教える事には特に面倒とは感じてはいなかった。

 人間の子供でもオムツが取れるまで、長い子で 4歳までかかる子もいると聞く。僕自身だって思い出してみれば、幼稚園に入る前の年まで「おねしょ」をしていたし「指しゃぶり」を止めたのは入園した後だったではないか。
 冷静になった時に、そんな事を思い出したら「言葉の通じない犬の仔を教育するのに、時間がかかってもおかしくは無い」という認識が有ったのもある。

 結局「アリス」はトイレをペットシートで出来る様になるのに 2年半かかったし「小町」も引き取ってから 1年半の時間がかかっている。
 特に僕は、田舎生まれの田舎育ちで昭和生まれの 50歳過ぎ。古いタイプの人間だから、あまりにも腹を立てて、犬を叩き、投げ飛ばしたり、蹴ったりした事もある。
 それでも、その後に一緒に散歩に連れ出したり、ぐしゃぐしゃになるまで撫ぜ回したり、オヤツをあげたり、遊んだり、一緒に寝たりもした。
 当然トイレに限らず何かに失敗したり悪戯すれば、その都度、僕は腹を立てて烈火のごとく怒ったけれど、だからと言って何時迄も怒っている事はしなかった。暴力を振るうほど怒った後でも、散歩に行ったり遊んだりしていた。
 そのお陰で犬との信頼関係は壊れなかったのだと思う。結果論だけど、当時から「それを知ってて行動」していた訳ではない。

 僕自身とても「出来た人間」とは言え無かったから、ある程度してから、やっと「怒る」と「叱る」の違いを意識するようになったけれど、最初から、きちんと「叱る」事が出来ていた訳ではない。初めの頃は自分の不注意や配慮不足を棚に上げ、感情が爆発するまま「アリス」に対して腹を立て「」っていた訳である。
 離婚によって永久に子育ての機会を失っていた僕が「アリス」を育てていたつもりで、いつの間にか「アリス」に依って一人前の大人に成る様に教育されていたと気が付いたのは、ず〜っと後。アリス自身の 6匹の子育てが終わった頃、僕が「小町」を引き取ると決心する前である。

 家庭でも 2人目の子育ては、親の方も肩の力が抜けたようになるのと同じで、僕と 2頭目の「小町」との関係も、どうせ最初は皆そんなモノだという肩の力が抜けたモノになっていた。
 だからこそ心に傷を負って人間不信になっていた「小町」に対し、僕に心の余裕があったから結果的に良い関係が築けたのだと思う。結局、何が幸いするのかは判らないけど、必要な時、ちょうど準備が出来た頃に、ちょうど良い出会いが巡ってくるモノなのかもしれないなって思う。

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One Response to 大切な愛犬だからこそ

  1. ピンバック: H28年度の最後は賑やかに (^-^)/ | 僕と犬とMacと

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