下関観光

 先週末の 20日、21日、22日と山口県下関市に滞在した。下関市内に宿泊したのは 21日の夜だけ、だけど。
 偶然かもしれないけれど結果的には先週から今週末にかけ、幸いな事に僕の旅行中の期間だけ「梅雨の晴れ間」で天気が良かった事になる。これもご先祖様の「奇跡」と感じて感謝、感謝。本当に有難い話である。(^-^)

 前日、対岸の門司にあるメカリ P.A.にて車中泊してたから、山口県に入ったのは 20日の午前中。兄と約束した時間より 1時間も早くに到着してしまった。

IMG_0937 当初の予定では先に「火の山展望台」に登るはずだったけど、あいにく雲の中。コレでは、さすがに無理だ。
 時間潰しで霧雨の中「唐戸市場」まで散歩を兼ねて歩いた。雨はすぐに上がり、何処に行っても 2ワンコは子供達の興味を集める。

 午前 10時頃からは晴れ間も見えて来たから、実家の父から 2人分の食事代をことづかっていたので昼食を兄と一緒に「唐戸市場」の隣にある「カモンワーフ」内で、僕が「海鮮丼」兄が「ウニとイクラ丼」を注文し感謝しながら、とても美味しく頂いた。その後しばらく兄の個展会場にいて、僕は午後 1時過ぎには萩市の方に移動した。
 後で聞いた話では、この 20日の来客数は一番多く 2度来た人を除き、名簿に名前を頂けただけでも 50人を超えていたとの事。期間中 6日間全体を通しては 200人を超える快挙、名前も知れ渡ってもいない画家が開いた下関で最初の個展という事を考慮したら、お世辞抜きでこの人数は凄いと思う。

 翌 21日の午後 4時頃には下関 I.C.まで戻ってきたので、宿に入る前に少し時間があったから、前日に行き損ねた「火の山公園」に登ってみることにした。

 僕は、ロープウェイの山頂駅と「関門橋」を望むだけの展望台があるくらいだと想像していたから、それほど見るものは無いと考えていた。
 正直な話、よもや「火の山公園」に幕末から明治時代の砲台遺跡が残っているなんて全く知らなかった。で結局、何処そこ歩き回っていたら 1時間以上も過ぎていた。

 宿に向かい海岸通りを通っていたら道端にめちゃくちゃ目立つ「赤白門」が目に入ったので、あわてて車を駐車場に入れた。ここは「壇ノ浦の戦い」の際、入水し崩御した幼い安徳天皇を祀った「赤間神宮」である。また「耳なし芳一」の舞台でもあるそうな。

 この目立つ「赤白門」は天皇が入水した際、祖母・二位尼に抱きかかえられながら「波の下にも都がございます」と告げられたのを受けて「竜宮城」を模して造られていると言われているらしい。僕は首里城内にある「歓会門」に似ていると感じたけれど。
 ワンコの境内内への立ち入りは禁止されていたので、残念ながら 2ワンコは車の中で待機。この後、予約していたホテルに入り、晩御飯のために駅の方までウロウロ。あいにく日曜日だったこともあり商店街は何処も休み。一部の飲み屋くらいしか開いてなかったので、食べる店を探すのには、とても難儀した。

 翌日も朝食前に 2ワンコと散歩していたら、彼方此方と、やたら神社仏閣と教会が目に入ってきた。
 驚いたことに、ちょっと歩いただけなのに片手では足りないくらいの数があるのに気がついた。
 最新技術を集めたビルがあるかと思えば、横浜市や神戸市にもあるような明治時代からレンガ造りの洋館や教会が建っていたり、神社仏閣の数が多かったりと、下関市とは実に摩訶不思議な街だなぁという感じがした。

 犬と共に実際に歩いてみて初めて知ること、判ること、感じること。更には、犬に興味を持った地元の方から声をかけてもらえること、小さな親切をされること。それだけで嬉しくなる自分がいる。
 時々、意味もなく怖がられたりして、ちょっとだけ寂しい思いをする事もあるけれど、幸いな事に今回もワンコと一緒に旅行してて得られた事の方が多かったような気がする。本当に有難い話である、心より感謝、感謝。

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