トラウマにしないために

 自分の飼犬を PTSD(心的外傷後ストレス障害)にしない、させないために出来る事。飼主として心に負った傷を、どれだけケアをできるか自分なりに考えて実行している事を、ここに記す。
T03 僕は専門家では無いから体験的な事しか話題に出来無い。僕個人が近所の飼犬を観察した結果、個人的な感想から発した言葉である事をお断りする。全ての場合に適合する保証は無いので、あくまで一例に留めて欲しい。

心の傷を癒せるのは愛だけ

非常事態に備えて(その5)

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)、俗に言うトラウマの生じる原因とは、そのほとんどが「死を間近にした恐怖」を体験した事によると考えられる。いわば恐怖の記憶を何度も繰り返し追体験しているのがトラウマである。
 一般的に症状が 1か月以上も続く場合を PTSDというらしいが、心に負った傷は無くせないし出来事を無かった事にも出来ない。当事者に対して「忘れてしまえ」等という言葉ほど思い遣りの欠片もない無責任な発言である事は、一般的な想像力を持つ人間であるなら容易に理解できると思う。

 その症例は、観察していた範囲では大きくは 2つの症状として現れる様子。記憶障害、回避障害である。記憶障害の場合、恐怖の記憶が様々な反応を引き起こすが、異常に吠えたり噛み付くなどの反応する。パニックや過剰反応、過剰防衛/等である。
 一方の回避障害は、現場に近付こうとせず迂回したり、その場から逃げ出そうとする。体が硬直したり脱力して無反応になったり、ケージに引きこもって出てこなかったり、外出や散歩を嫌がったりする例もある。

 同じ体験を原因としても心に受ける傷の大きさは、それぞれに異なることも理解して欲しい。例えば転んだ時に、ある人は擦り傷程度で済んだとしても別の人は骨折という例もあり得るし、最悪の場合は死亡するケースもあることを我々は体験的に知っている。
 それと同じことが心に負った傷にも言える。他の例に倣って同じ事をしても多くの場合は意味がないと考えたほうがいい。他の症例を調べる暇があるくらいなら、きちんと目の前にある現実を観察した方が良いと僕は考える。

 実際、動物は人よりも知識や経験が少ないためにストレスに弱い。成犬でさえ幼稚園児程度の知能しかないのだから、小学校の低学年の子供が受けるストレスと同じだと考えれば、想像はできると思う。その上、一般に心に負った傷は目に見えない分だけ見過ごされてしまうし、事実、必要な時に必要な治療というべき処置が取られていないことも酷く傷を残す原因にもなる。
 体に負った傷と同じで、心にも傷跡は残るし、それを治療するにも一定以上の時間がかかるのは当然であることを最初に認識して欲しい。

 しかし、もともと体には「自然治癒」という能力が備わっている。人であっても擦り傷程度であればバンソウコを貼るよりも唾をつけておいた方が傷跡も残らず消えてしまう症例もある。ただし傷を負った直後であれば、傷に注意して洗浄したり逆に水がかからないように気をつけたりと、しばらく傷を意識して過ごす筈だ。
 それと同じで、大きなショックを受けた直後から何気ない状況にも恐怖を感じるようであれば、忘れさせようとはせずに、意識して安全な精神状態に置いて積極的にかかわらせた方が、先の大きな恐怖体験が薄まって行くと様子に見える。似たような状況下において新しい体験を重ねる事で、恐怖しても必ずしも命が脅かされるものではないと納得する。

 恐怖体験に対し、目隠しするのではなく敢えて向き合わせる。安全な状況下で同様な体験を繰り返すことで記憶を上書きし、恐怖を増幅させないで恐怖を減少させる。飼犬が安心する状況を作る上で飼主である保護者のフォローは必須条件だ。
 保護者の態度一つで、いつまでも恐怖を増幅させるのか減少させるのかが変わる。トラウマとして後々まで苦しめてしまうのか、あるいは「喉元過ぎれば」の如く後々笑いとして話題にできるのか、大きな違いを生んでしまう。

 守ろうとするあまり恐怖の原因から遠ざけたり隔離することで、逆にいつまでも恐怖の記憶が増幅されてしまう。元々心が持つ恐怖を取り込む柔軟さ、そこから芽生える好奇心の芽を摘み取らないで欲しい。
 折角の、自身が受けた恐怖の体験から現象を冷静に観察し理解させるチャンスを逃してはならない。具体的にどうするか。否、僕の場合は、どうしたかを下記に述べる。

 トラウマになりそうな恐怖体験にあった時にパニックを起こした際、その時には特に何もしない。それが大問題であるというそぶりも見せない。先ずは自発的に落ち着くのを待つ。
 もし恐怖を感じて自分に体に隠れるように体を寄せてきたのなら、その体を撫でてやる程度である。体験時にも強く抱きしめたり抱き上げたりする様な、普段とは異なる大げさな行為は逆効果だと思う。

 声をかけたりするよりも、黙っている方が良い。落ち着かせるために体を撫でるか、怖いことなど何もないと体をさすってやる程度で、ゆっくりと飼犬の気持ちが自分で落ち着くのを待った方が、落ち着かせようとして余計なことをするより早く落ち着く様な気がする。
 次に似たような体験をしそうな時にもパニックを起こす前に飼主である自分に注目させ、怖いことなど何もない「大丈夫」だと目を見ながら落ち着かせ、恐怖した対象を観察する時間を与える。

 このようにして僕は、成犬になって引き取った秋田犬の小町が生活環境に対して感じていた諸々の恐怖、例えば「雷」や「打ち上げ花火」そして「自動車」「大型バイク」の騒音/等、さらに「作業服の男性」「大声で騒ぐ子供」「傘」などの棒状の物に対する恐怖を克服してきた。
 僕は、人にも犬にも様々な恐怖の対象を克服するために未知なものに対する好奇心を持っているのだと考えてるので、好奇心という「芽を摘んでしまってはダメだ」と考えている。

 アリスの場合は子犬の頃、寝る時に横になった体の上に抱き上げ、僕の心音を聞かせてきた。お陰で、あまり細かなことは気にしない鷹揚な性格になってくれた。
 先の地震も最初こそ階段の陰に逃げ込んだが、僕自身が揺れが収まるまでジッとして騒がずにいたら、二度目の揺れに対しては寝転んだまま周りを見回しただけで起き上がりもしなかった。

 このように飼犬の恐怖心の如何は、飼主である保護者の所作一つで劇的に変わる。飼犬が恐怖した際は先ず安心させることが重要だと思う。
 命の危険など何もない、何かあっても絶対に守ってやるという気持ちを持って飼犬の緊張を解いてやれば、後々まで恐怖を引きずることも少なくなる。

 想像でしか無いが基本的に犬は人と似たような心の揺れを持つのであれば、人の場合も同様であると思う。子供の心に残る恐怖を消し去るのは医者の薬や専門家の言葉では無く、両親が我が子を守るという心以外には無い。
 人の「体温の暖かさ」と「心臓の鼓動」は命そのもの。それは心の傷に効く何よりの特効薬だと思う。家族と体の一部分をくっつけって一緒に寝るというのは思っている以上に恐怖に硬ばった心に沁みるもの。子供の場合、両親の体温以上に安心できるものなどないだろう。

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