同行避難のために…

 今だに余震の終わりが見えない熊本県内での状況下で、僕ら犬を飼っている者から言わせれば実態は詐欺に近く、つまりは同行同伴の違いなど単なる「言葉遊び」にしか過ぎない。
 ただ野犬化するのは困るから一緒に連れて逃げろというだけで、言われたとおり犬猫連れで逃げてきたならば避難施設の方では人間優先だからと犬猫は全て門前払いにされたという。

飼犬の自己責任意識を育てよう

非常事態に備えて(その6)

 噂が勝手に一人歩きしただけだと言う役員をフォローする記事も見たが、現実にはお役人の方に同行避難への認知が徹底してなかったために、同行避難者に対して忙しさを理由に全く話も聞くこと無しに適切な対応もしないままに門前払にしたというのが実情らしい。
 さらに悪い事に、役所の対応に不満に思う飼主の態度を見て、不快に思った何も知らない普通の人々は役所の対応こそが正しく、一緒に飼犬を連れてきた飼主の行動の方が、単なる我儘に過ぎないと反応し反感を持ってしまった。飼主にとって最悪の状態になった訳だ。

 もちろん施設内は人優先であるのが普通、しかも動物アレルギーの人も数多く居る場所に、いくら「家族と同等」だからと言え、一般常識の範囲で考えても公共の場に犬猫を一緒に同席させるんは如何なものかと、僕自身も思う。
 有無を言わせず門前払するのではなく、被災者が犬猫連れで同行避難した先で、例え犬猫は人と同じ施設内には入れなくても、施設脇の屋根のある場所なら何処でも居ても良いと言う判断ができなかったのか、どうして役員も避難者も判断できなかったのかが不思議でならない。

 一方、飼主の方も人は室内、犬猫は屋外でも問題が起きないよう予め飼犬の方を訓練しておけば問題は生じなかったのではないかと僕自身は考える。
 家族と同等と考えているのは、あくまで飼主個人だけの認識に過ぎない事、それを他人に指摘されて気付くのではなく、一般的にはそう考えるものだと知っておくべきことではないだろうか。

 表現を変えれば、飼犬の飼主へ対する「分離不安」を完全に無く事と、飼主が戻るまで大人しくじっと待っている事に堪えられる飼犬に育てようという事でもある。
 そうすれば同行避難した避難施設先で、飼主は施設内に入れるし飼犬の方も施設屋外周辺に繋いでも問題なく居られる様になるからだ。

 その事に関しては「避難生活を想定して(その2)」の中でも述べた様に、何度か似たような状況を作って、飼犬に日常的な体験として繰り返して慣れさせる事でしか方法は無いと思う。
 それと共に非日常的な体験も普段の生活の中に取り入れてみる事も大事かもしれない。例えば、キャンプ好きな家庭であれば、テントを使って屋外で過ごしてみるのも通常の状況であれば楽しい体験だろう。

 知人の家庭では犬連れでは泊まれる所が限られているからと、オートキャンプ場や PAでも車内に寝泊まりできるようにキャンピングカーに改造した軽自動車を購入している。飼犬も車の中では家と同じに落ち着いて過ごせるらしい。確かに、それも良いよねぇ。
 機会あるごとにキャンプ場とかでサバイバル体験をしておけば、万が一しばらくライフラインが止まった状態での生活を余儀なくされても多少は不安を軽減できるかもしれない。それに関しては人も犬も同じと思う。

 それとともに同様に飼主と避難して屋外に繋がれた犬同士が互いに日頃から顔見知りで仲が良い犬同士であれば、例え家族と一緒にいられなくても犬同士の仲間意識から静かにできるのではないだろうか。
 そんな願いを込め、僕自身が地域活動を立ち上げた経緯がある。残念ながら一部の犬嫌いの人から理解されず悪意を持った嫌がらせや地域事務所への申告という形で言われのない苦情を持ち込まれたりしてはいるが、幸いな事に概ね好意的に見守っていただいている人達の方が多く、お陰で今の所は事なきを得ている。

 いくら行政に期待しても、おそらくずっと重い腰は上がらないだろうし人優先であることは変えようがない。今の所は同伴避難は無理でも、飼主と共に同行避難してきた避難場所で、現実問題として他人に迷惑をかける事なく静かに避難生活できるのであれば、一握りの人以外なら人と同様に犬も受け入れてくれる。
 人社会と犬社会をつなぐ飼主である僕ら自身が進んで懸け橋にならなけりゃ、自分自身が幸せになれない。飼犬と共に避難生活を問題なく可能にするためにも、自ら地域に溶け込んで環境作りをする必要があると考えている。

 自分の慰めを求めるだけで、他者へ対する思いやりや配慮に欠ける人間にだけはなるまいと、僕自身が親や親戚、そして教師や近所の大人達に教育され指導されて育ってきた。自己中心主義と自己優先主義とでは意味が異なる。欲するだけで分け与えることを嫌がって行動し続けるならば、誰の理解も得られないから孤独にしかなれない。
 しかし人は変われる。自分自身が自ら成長する事を止めさえしなければ、人はいつの時だって変わる事が出来る。とても多くの時間がかかるかもしれないが変わりたいと願うなら人は変わる。願わなければ、そのままだけど。

 それと同じように犬だって変われる。愛情を持って訓練を繰り返せば、飼犬は飼主だけでなく出会える全ての人に対して愛情を分け与える様になる。深く考えず素直な分だけ、犬の方が短期間で性格を変える事ができる。
 残念な事実だけど裏切るのはいつも人の側。人と犬の絆が切れてしまう出来事、例えば「飼犬に手を噛まれる」のは、飼犬がそうせざるをえないほど追い込めている飼主の側に責任がある。自分の非を棚に上げ、一方的に飼犬の方ばかりを責める飼主の側にこそ非があることに気づいていない。

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