なんか違う気がする…

 先日 9月 7日、日本時間では 8日の早朝、ニューヨークで開催中のイベント「PlayStation Meeting 2016」で、新型 PlayStation 4 (PS4)を 2機種発表したそうな。
 誠に申し訳ないんだけれど、なんとなく僕らがゲームに求めているモノとは「何かが違う」気がするんだよねぇ。具体的に「これだ !!」と表現する事が出来ないから、なんとも歯がゆいのだけれども…
 僕自身が TVゲームをしなくなって随分と久しい。自分でゲーム機を買ったのもスーファミが最後だった訳だし、そんな僕がゲームに関して「どうのこうの」と語る資格は全く無いのだろうけれど、でも「なんだか ???」なんだよなぁ…

 そもそも僕自身には素直な疑問として「ゲームにリアルさが本当に必要なのだろうか?」というのが根本にある。以前にネットでも「所詮 4Kは中途であり 8Kが本命である」という資料を見たことがある。もしも、それが本当なら『 PS4 Pro』に大した意味なんて無い。あくまでも「その場しのぎ」の「中継ぎ」でしか無い訳だ。
 もちろん一般的に一足飛びに大躍進するなんてことはありえないから仕方ないけれど、元から本命が決まっているのだとしたら、企業内でトコトン理想を追い求め技術が理想に達してから「自信を持って世に出す」という選択肢は無いものなのだろうか?

 実際には企業が技術的な理想を追い求めたくても株式であるが故に「株主に対する責任」がある以上、したくても出来ない現実があるのだろう。なんとなくだけど、そういう事はイメージで解る。
 それでも「ゲームに本当に…」の疑問に対する回答には、なってないんだけど、ね。

 シュミュレーションには現実と見迷うようなリアルさが必要なケースもある。だから VRの研究も必要だって理解してる。外科手術の手際を習得するためや、人の入り込めない原子炉内での作業、宇宙空間や地底、そして海底での作業実施訓練など、これからの将来的には絶対に必要な技術だと思うし、実現するものと信じている。
 しかし、脳が勘違いする程に視覚上のリアルさが一般家庭内に置くゲーム機にまで必要なのかと考えると、そこに「民生用として数を吐き、莫大な開発コストを回収する」という現実も見える。ユーザの利便性より企業側の都合が見え隠れする。それは悪い訳ではないだろうけれど、だからと言っても素直に喜べない理由でもある訳なのだ。

 もしも仮想現実と立体ホログラフが現実になり、仮想現実内でも実際に物に触れていると感じる様になったとすると、世界旅行や月面旅行など自分が現地に出かける必要もなく行動できるようになる。
 脳を騙すだけで良いのなら身はベッドに横たわったままでも良く、実際に「体を移動させる」様な転送技術や交通手段も必要も無くなる。映画「トータル・リコール」の様に他人の記憶さえ書き換える事も簡単に出来る様になるのかもしれない。

 その頃には世界中にあった動植物園の消滅と共に絶滅してしまうであろう大型生物、彼らと一緒に仮想現実の中で人々が安全に過ごすことも可能になる。ただ「自身だけの満足と癒し」を求め、奪うのみで分ける与える事もしなくなった人にとっては朗報だろう。
 実写版ジャングルブックの世界観が、一般的な娯楽体験として現実になる日も多分もう直ぐなのだろう。人類だけしか存在しない地球上が果たして楽園か否かは僕の判するところではないけれど、もし世界がそうなってしまったら 2頭の飼犬のお陰でようやく地域の中でも浮かずに普段の社会生活が送れる身となった僕は、おそらく寂しさで胸が潰れてしまうのだろう、な。

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