メッセージ

 先日の火曜日、友人と 2人で映画「メッセージ(原題 : ARRIVAL)」を観た。タイムトラベル物ではないけれど、タイムトラベルみたいなものだった。否、違うな。
 ちょっと違うけど、昔に観た「バタフライエフェクト」って映画みたいな時間の飛び方だったと思う。うんにゃ、そいつとも違うかなぁ。
 例によって何時もの如し、以降ネタバレを含むので、これより先の閲覧は自己責任にてお願いします。m(_ _)m

 最初に主人公が出した著書の巻頭言という「言葉とは文明の基礎である。人々をまとめ、争いを終わらせることができる強力な武器だ。」の文章通りの映画だった、という事になるのかな。
 この最初のヒントに気づかないと映画全体の趣旨や流れが、かなり解りづらい物になりそうな気配だったよ、ね。

 僕が思うに優秀な言語学者だからって、必ずしも優秀な通訳者だとは限らないだろうに、って事だけど。
 そこら辺は詰めが甘いってか、やっぱ御都合主義なのかなぁ。とも感じた処。
 マーベルコミック関連以外でも「ボーン・レガシー」や「ミッション・インポッシブル」にも出てる方が相手役、アベンジャーズ・メンバーのホークアイ氏が物理学者役で出てたんだけど、ほとんど活躍らしい事をしていなのが、ちょっと寂しい。

 宇宙人が「武器」として教えてくれたのは、彼らの使っている「文字」と「文法」で、これが、まあ面白い。習字みたいに、ガラスの壁に墨で書かれる円盤状の形は始まりも終わりもない繋がった文章を表現していた。
 ちょうど日本の書き初めをしてるのと同じ様な感じで、一まとまりの短い文章を表現しているのと表現すれば良いのかな。表意文字とのことだったから、要するに漢字と同じ。って事は、漢詩の絶句みたいなものか。

 この円盤型の文字を覚えて使える事になると、意識から時間という概念が薄れ記憶が未来や過去へ飛んでいく。
 解り難いっちゃあ解り難いんだけど、ちゃんと伏線も回収されていたし、ちゃんと落とし所はそれなりに押さえていたので、そこそこ良かったんじゃないかなと思う。
 不思議なのは、同様にして宇宙人とコンタクトを取り、一緒に言語を解析し、共に行動した「未来の旦那」には、将来に渡り最後まで能力が発現しなかったって事。
 何か矛盾している感じがしてさ、或いは言語を学んでも必ずしも思考が左右され縛られたりしない場合もあるって表していたのかな?

 日常的に使用する「文字」と「文法」により「思考」は組み立てられ、具現化し固定化するという概念。僕自身、この映画で初めて知ったんだけど。

 そう言われてみれば、英語と日本語の文法の違い、述語の位置の違いにより随時相手の出方や表情を見ながら結論を変えられる日本語と、最初に宣言してしまう英語表現との違いを考えてみれば、なんとなく納得もできる。
 英語と中国語は文法的には同じだから、自己主張して互いに覇権を争う社会と、相手を尊重し自己主張を飲み込む社会。それは基本的な考え方の相違として文化の違いはコミュニュケーションを取る上で基盤が異なるから、互いを理解する上での大きな障壁となっているのも事実だ。

 かつて日本が、中国からは漢字、ヨーロッパからは技術、戦後アメリカから合理主義経済学を学んだのと同様に、未熟な側が努力して学ぶのは当然の事だろう。
 自国のためにも無理をして背伸びをしながら、文化的にも劣る側が学ばねばならなかった訳だし、もしも与えらるまで待っていたならば、それまでの間は一方的に相手から搾取されるだけだったろう。

 ただ、あらかじめ散りばめられていた数々のヒントに全く気がつかないでいると、全くの御都合主義にも取れるし、あまりにも適当でいい加減な纏め方にも取れるから、悪趣味で自己欺瞞な映画ととっちゃう人も出て来そう。
 単に注意散漫的に、ぼんやりと只何となく観てるだけじゃ映画からの「メッセージ」を受け取れないよって事かもしれない。そうだとすると、かなり意地悪な映画だとも言えるよ、ね。

 そう云った意味では、かなり「哲学的な映画」とも取れるし、これまでのアメリカ映画もといハリウッド映画的な解り易さや解説的な説明カットが少なかった、無かった様な気もする。ってか観終わった所から思い出せば、ちゃんと全部が繋がっていたんだ、けどね。今回に限り、御都合主義じゃ無かったのだよ。
 監督さんは、今年の秋に公開予定「ブレードランナー 2049」の期待が一身にかかるドゥニ・ヴィルヌーヴ(Denis Villeneuve)氏、カナダ出身の監督さん。どうりで、ね。と不思議と納得。

 色々理屈を述べたとしても実はどうでも良くて、最終的に感じた事は「事前に起こる全ての悲劇、その先にある『死』を知っててもなお、私はその道を歩もう」と決心した主人公の「意志」そのものが最も重要だったのだろう、と感じている。
 運命に逆らうのでも流されるのでもなく「選択の自由が与えられている」事だったんじゃなかろうかと考えたら、全て「喜びも悲しみも幾歳月」って感じで、終わった処から自分の人生を俯瞰した、要は「思い出話」とも取れる。
 
 僕は、たまたま原作が含まれてる短編集を 3年前に買ってたんだけど、ずっと積読状態で、さ。ネビュラ賞受賞のデビュー作「バビロンの塔」は読んでたけど、原作「あなたの人生の物語 : Story of Your Life」の部分は未読だったんだよねぇ。
 原作読んでなくても十分に楽しめた。って言うか「読んでないから楽しめた」のかも知れません、が…

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