訓練の重要性

 動物、特に飼犬には常に「社会化」という問題が付いてくる。そして特に人間中心で営まれている「人社会」の中で暮らしている飼犬には、犬社会、人社会、それぞれに適応した行動を求められる。
 って事で、いよいよ明日は兼ねてより計画していた「愛犬のしつけ教室」当日である。

教育は飼主にしか出来ない

訓練の重要性(序)

 飼犬だけを訓練士に預けても「しつけ」の意味は無い。飼犬と飼主が一緒に訓練を受け、飼主の指示を聞ける様な飼犬になってこそ意味があり、訓練士の言うことだけを聞く飼犬では何の意味も無い。
 訓練士でも何でも無い、単なる一般市民である僕に言わせれば「飼主」と「飼犬」は主従関係では無い。ましてや家族でも無い。人と犬という種を超えた友人、或いは仲間といった関係性だと考えている。

 ここで断りと約束を一つ。僕自身が「しつけ」という言葉が嫌いなので、本ブログ内では「訓練」と言い換える事にする。「しつけ」というと「普通に出来て当たり前」で「出来ない方が悪い」というイメージが有るからだ。
 「訓練」或いは「教育」という表現であれば、出来ない場合は指導する側に責任がある。飼主と飼犬の「訓練」を挟んだ関係性の場合、そもそも指導する側に全ての責任が有るのは自明なのだから。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。