信頼という見えない絆は切れない

 動物の世話をしたり、訓練したりするに当たって先ず必要な事は、動物の信頼を得る事である。それにはコツコツと日頃から自身の行動を通し信用を積み上げ、実績を通して信頼を得る方法しか他には無い。

信用を重ねるのが一番の近道

訓練の重要性(その1)

 人間社会では「経済の原理」が働くため損得勘定が元になり、時として「お金」が信用の基準となる場合がある。しかし「生きもの」の場合「自身の命」だけが基準となりえる。
 そのため一度でも彼らの「信頼」を得ることができれば、人とは異なり彼らは人を裏切ることは無い。裏切りは、即「自らの死」につながる事を知っているからだ。

 勘違いしないで欲しいのは、これらは「彼らの価値観において」である。人間との価値観は異なるので「大切にしていた品を壊された」とか「吠えて欲しく無い人に吠えた」とか言うのは単に人間側の都合であり、彼らにとっての価値観とは根本的なところで異なっている事は念頭に置いておいたほうがいいだろう。
 それは彼らのせいでは無い。一方的に変わってしまったのは人間の方だ。「命」しか大切なものがなかった大昔は彼らと同じだったけれど、経済概念が人社会の中で発展した後、人間は自ら総ての動物と袂を分かってしまった。

 それゆえに僕は、動物と人との関係とは一度失った「信頼の糸」を取り戻す作業なのだと感じている。そのためには彼らに、自分という個人を信用してもらうしか他に方法はない。
 別に動物に「媚び」たり「甘やかし」たりする事では無い。それらは全て間違っている。必要なのは自分と彼らの「身の安全を第一に考えて行動する」こと。これが全てなんじゃ無いだろうか。

 当然ながら、それらは多岐に渡る。しかし、第一が「食」であり、次が「住」である。最低でも自身の安全を自覚でき、その状態を提供できる者、その状態を守る者に動物は自ら従うことを選ぶ。ひとえに自らの生活環境を守るためでもあるからだ。
 僕自身、主従関係とか威圧や恐怖で動物を無理に従わせ行動を縛る方法は間違いであると考えている。どちらかと言うと、僕と彼ら、つまり「僕ら」は一種の「運命共同体」なのだという感覚に近い。

 指示を与え従わせることに関しては、僕は彼らに最低限の指示語しか伝えていない。「良し」「駄目」「座れ」「伏せ」「待て」「来い」の 6つである。これ以外の指示語は全て「芸」であるから必要ないと考えている。
 人社会の中で動物が安全で快適に過ごすために必要なこと、そのために徹底して教え込む必須の 6つの指示語は、ある意味では「魔法の言葉」でもあると考えている。

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