エンド・ゲーム

 5月 14日の火曜日、以前から友人と約束していたアベンジャーズ/エンドゲーム(原題: Avengers: Endgame)を観てきた。
 期待に違わず、およそ 3時間の長丁場を、中だるみを感じさせる事なく引っ張って行く手腕は並大抵のことじゃないと考える。なお、これ以降はネタバレしまくりなんで、閲覧は自己責任にてよろしく。m(_ _)m
 開始早々に前回のラスボス、敵役のサノスを余りにもあっけなく倒してしまった事に「あれれ」って感じなくもなかったけれど、終盤での前作「インフィニティ・ウォー」のやり直しって感じの大スペクタルで大満足。もう「お腹いっぱい」って感じ。
 当世一代の大悲願を果たした覇王って、その後は抜け殻。実際、あんな感じなのかも知れないね。
 って事は「織田信長」って志半ばで覇王のままで討たれたので後世に豪傑として名を残せた訳で、それって、もしかしたら「明智光秀」のお陰だったのかも知れないって考えられなくもない。

 オープニングは幸せの日々から不幸のどん底に突き落とされたアベンジャーズを勇退した「ホーク・アイ」の姿。
 マーベルスタジオのロゴに続くのは宇宙に取り残され地球へ戻る手段もなく、食料も酸素も無く精も根も尽き果てて、とうとう諦めた「アイアンマン」を至極簡単に救いだす「キャップテン・マーベル」の姿。

 生き残り組のヒーロー全員で、かつては覇王と呼ばれ膨大な軍隊も強力な装備も既に無く、自給自足の野良仕事に精を出し悠々自適に隠居生活を送っていた「サノス」ただ一人を取り囲み、それこそ「あっ」と言う間に倒してしまう。それって、ただの「いじめ?」
 その結果は「敵を倒した」「仇を討った」だけで、彼らの心は晴れるはずもなく、それから 5年の時間が過ぎてなお失った者への「喪失感」は増すばかり。「キャップテン・アメリカ」は、そんな人々の元を訪ねて周りカウンセリングを続ける。

 その一方で特にアベンジャーズの面々を大切な仲間、家族と考えていた「ブラック・ウィドウ」は世界中から半数の犠牲者と生き残り達の情報を集めながらも、ただ一人、強い喪失感と戦っていた。
 そんな折 5年前のサノスの「指パッチン」中に消失した筈のアントマンの姿がモニターに映る。

 彼の話を聞いた二人は、この 5年の間にかねてより恋人関係だった「ポッツ」嬢と結婚、子供も生まれ穏やかな暮らしを取り戻していた「アイアンマン」を尋ねて相談するも、現在の幸せな暮らしを壊したく無いと「けんもほろろ」に家から追い返してしまう。

 その夜、自宅コンピュータ上で彼らの話を「思いつきをまとめる」つもりでシミュレーションすると、思いがけず無謀と考えていた「理論」が完成してしまう。止めて欲しいと願いながら妻に相談すると、逆に「行動すべき」と背中を押される。

 それから彼らの取った行動は…

 てな感じで「物語」は粛々と進む。ただ単なる「仇討ち物語」では無かった所が、僕的に大いに気に入った部分。確かに色々と「思う所」や「ツッコミ所」が無くはないけれど「それを補って余るところがある」とっても面白い作品だったな。
 唯一の欠点は、これまで作られて来た数々のマーベルの作品群を観てないと、最後で一堂に勢ぞろいする登場人物が誰だか判らないって事になってしまう。一通りの作品は押さえてきた僕でさえ、彼らの1/3位の人物は誰だか分からなかったなぁ…

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。